2011年5月10日火曜日

4月10日(最終日)

いよいよ最終日です。
あっという間の10日間でした。
気づけば、ボランティアにきている人のテントがかなり増えてました。


片づけをして、解散です。
おつかれさまでした~
 

2011年4月26日火曜日

4月9日(九日目)

この日は再び仙台へ行きました。
余震で通行止めになっていた南三陸道は復旧していましたが、
一部の地域では電気が使えない状態がまだ続いていました。
余震で道がさらに歪んだのも、明らかにわかります。

宮城野区ボランティアセンターへ訪れました。
これで3度目になります。
前回の訪問でスコップが足りないというお話を伺ったので、
シェーパー18本を寄付させていただきました。
余震の影響で交通機関が麻痺し、ボランティアにくる人の数が激減してしまったそうです。
2日前は道具不足で困っていたのに、今度は人不足。
被災地で必要とされているものは、刻一刻と変化していることが、身にしみてわかりました。
また、宮城野区のボランティアセンター前には、大型スーパーとホームセンターがあるのですが、
余震で陳列棚が崩れて、入場制限+店頭販売で対応している状況でした…

次に訪れたのは、若林区のとある避難所(小学校)です。
2日前にも訪問したところです。
ちょうど、4月11日に行われる入学式の準備をしていました。
こちらは、余震の被害は得になかったようで、安心しました。
義援隊からのクッキー80個とその他たくさんのお菓子を寄付させていただきました。

若林区ボランティアセンターにも訪れました。
ここは、ボランティアの受け入れ条件が、自転車か徒歩でこれる人限定です。
というのも駐車場が非常に狭く、住宅地なので近くに広場もなく、
多くの人数は集まらなそうな印象でした。
もっとも被害を受けた荒浜地区は、まだ水が引いていないらしく、
まだ自衛隊が作業をしている最中ということでした。
このような状況なので、ボランティアが入れる地域も限定されています。
若林区はボランティアが機能し始めるのは、もう少し先になりそうです。

また、ここの職員さんが『野次馬が多くて非常に迷惑だ』と言っていました。
心無い人がいるようで、悲しくなります。

4月8日(八日目)

夜が明けても、停電は続いていました。
早朝から、公園には水汲み行列ができていました。
コンビニのドアの開閉は手動になり、入場制限もしていました。

石巻にいる義援隊メンバーと合流するため、石巻に向かうことにしたのですが...
停電により、コインパーキングに停めていた車が出せないことが判明しました。
警備会社に電話をし、警備員さんにきてもらい、
車をだすことができたのが駐車場に到着してから3時間後でした。
今思うと、警備会社に連絡がとれたこと自体、幸運です。

仙台市内は前夜の余震の影響で、大渋滞。
高速道路も通行止めなので、一般道で石巻に戻りました。
ひたすら海沿いの道を走ったので、、
津波の被害を大きく受けた多賀城市・塩竈市・東松島市を通りました。


余震でさらに崩れたと思われるところ、手付かずのところ、自衛隊が入っているところ・・・


驚いたことに、松島町だけは被害が少ないように見えました。
海がすぐそばなのに、お土産屋さんのシャッターが曲がっている程度で、
建物はしっかり立っています。
観光名所の赤い橋もきれいに残っていました。
松島の島々が街を守ってくれたんですね。

昼ごろにやっと、石巻にいる義援隊の皆さまに合流できました。
義援隊メンバーのご友人宅で作業を行っている最中でした。
泥出し・家具運び・庭の片付けを行いました。

2011年4月19日火曜日

4月7日(七日目)

この日私は、義援隊メンバーとは別行動をさせていただき、仙台へ向かいました。
実は元々、仙台市若林区民だったので、仙台には多数の友人がいます。
この日は友人達と会う約束をしていました。

まず向かったのが、仙台市内にある秋保温泉です。
仙台市内はガスが復旧しているところが少ないので、たくさんの人が訪れていました。
日帰り温泉料金も少し安めになっています。
この時はだいぶ落ち着いたそうですが、震災直後は大勢の人で溢れ返り、
入場制限・時間制限を行っていたそうです。

次に向かったのが、宮城野区ボランティアセンター。
初日にも訪れ、忍野村の水をご提供させていただいたところです。
社会福祉協議会の方に現状困っていることを伺うと、
『たくさんの人がボランティアに訪れてくれるのだが、道具が不足している』ということです。
たまたま、車のトランクにスノーシェーパーが4本入っていたので、
こちらに提供させていただくことにしました。

そして次は、避難所になっている若林区内の小学校に向かいました。
ここは私が卒業した小学校で、約50名が避難していました。
体育館の扉を開けると、ちょうど畳を運び入れている光景が目に入りました。
約1ヶ月経ってやっと畳が入るとは、前日まで寒い思いをしていたということでしょうか?
避難所ごとに環境が全然違うということを目の当たりにしたのでした。
この避難所にはチョコレートを贈ったのですが、皆さん非常に喜んでくださいました。

最後に向かったのが、仙台の中心街(アーケード街)です。
仙台駅はシートに覆われ、復旧工事中です。
シャッターが下り、営業していない店舗が多かったです。
ここで友人と合流し、やっと一安心です。
無事だとわかっていても、顔を見るまで安心できませんね。
夜も更け、昔話に花を咲かせていると、激しい揺れが!!!
店内のものは落下し、とても立っていられない状態でした。
外に出ると、あたりは真っ暗でした。停電になったようです。
信号が機能していない大通りを渡るのは非常に怖いです。
知っているはずの道もわからなくなります。
後から知ったのですが、震度6だったそうですね。。。
一緒にいた友人が、『せっかく復旧してきたのに、振り出しに戻っちゃったかなぁ…』と、
とても落ち込んでいました。

2011年4月18日月曜日

4月6日(六日目)

この日は、義援隊メンバーのご友人宅をお手伝いさせて頂きました。
ご友人の安否確認ができていないまま、石巻へきたのですが、
毎日、ボランティア活動後に探して、5日目にやっと会うことができました。
たまたま、親戚が集まって家の片づけをするというお話を伺ったので、
義援隊全員でお手伝いさせていただくことになりました。

津波で流れてきたタンクローリー車が燃え、向かい側の家が全焼したそうです。
タンクローリー車がぶつかって、門の柱が傾いていました。
家の中は手付かず状態でしたので、まずは家具出しと畳出しです。
泥出しをして、終了!!かと思いきや、
義援隊メンバーの一人(大工さん)があり合わせのもので玄関の扉を作っていました。
津波で避難している間に、家の中が荒らされて、金庫が盗まれたということです。
ニュースではよく耳にしていたのですが、実際窃盗は頻発しているようです。。。
玄関扉があるのとないのとでは、防犯上大きな違いですねー

作業後は、義援隊第2陣(4名)と合流しました。
2陣メンバーの方が4tトラックできてくださったので、
この日からトラックの荷台を食堂として利用させていただきました。
当たり前ですが、荷台の中は風が吹かないので、非常に暖かく、とても快適になりました。
総勢9名のにぎやかな夕食となりました。

4月5日(五日目)

この日も、他のボランティアさんとグループを作って活動しました。
活動場所は前日と同じく、石巻市役所より少し海側の地域です。

1軒目のお宅の庭には、
製紙工場からの紙材料(1tロール)が流れ着いていました。
水を含んでいるので、実質1t以上あります。
さすがにこれは、マンパワーでは動かせません。。。
前日に入ったボランティアさんにより畳出し・家具出しは終了していたので、
作業内容は庭の泥出し、床下の泥出しでした。
床下の泥は重油だらけで運び出すのが大変でしたが、
このような状況だと、スノーシェーパーが大活躍します!!

2件目のお宅では、すでに数名のボランティアさんが作業していました。
合流後、庭の泥出し作業を完了しました。

作業終了後は石巻中心部を車で回ってみました。
ボランティアセンターのすぐ近くには、自衛隊の基地があります。
道の駅では、昼間に銭湯が営業しています。
たくさんの地元の方が利用しているそうです。
石巻IC近くの大型スーパーは、惣菜以外はほぼ通常通りの品揃え。
営業時間が短縮されているようですが、混雑はありませんでした。
毎日確実に街が復旧しているのを感じられます。

4月4日(四日目)

前日まではフィールドグループ義援隊5名のみで活動をしていました。
この日は石巻にきている他のボランティアさんも一緒になり、大勢のグループで活動しました。
大きなグループになると複数枚のニーズ票が渡されます。
活動場所は石巻市役所より少し海側の地域です。
1軒目は、120坪のとても広いお宅です。
約10名のグループで作業を行いました。
作業内容は、泥出し・家具の運び出しです。
このお宅のご主人は、津波に巻きこまれてお亡くなりになったそうです。
ゴミなのか、それとも被災者の思いが詰まったモノなのか・・・
慎重に確認して作業を行います。

家の入り口にはどこからか小屋が流れ着いており、
出入りが不自由な状態でした。
小屋の解体・撤去を行い入り口が広くなると、
ご依頼者の方に非常に喜んでいただけました。

そして泥だしですが、この地区は近くに製紙工場があるため、
そこから流れてきた紙の材料が泥に混ざっています。
スコップよりも手ですくったほうが効率がいいこともあります。
10人もいると作業が早いです。マンパワー恐るべし!!


予定より早めに作業が終了したので、2軒目へ。
グループを2つに分け、各1軒ずつ作業を行いました。
こちらは、老夫婦のお宅でした。
1階部分のみ浸水し、2階は無事だったそうです。
しかし、普段は2階に行かないので、2階には荷物がほとんどなく、
現在、生活が非常に大変だということでした。
作業内容は、床下の泥出しでした。

作業終了後は、義援隊一同で久しぶりのお風呂に行きました♪
この頃から、到着日のようなガソリンスタンド待ち渋滞は解消され、
営業さえしていれば、ガソリンは満タンにできるようになっていました。